漫画論・あしたのジョー描写の好不調
20分冊の5巻までは一点の曇りも無い。
6巻の、控え室でウルフと相打ちになり、通路に視点を転じ、戻し、倒れるまで、ストーリーあたり
面積を食いすぎている。幹之介がジョーの作戦を察して強烈に援護してくれる部分を
しっかり描いたほうが良かった。その週から連載ページが増えたのでペースが狂ったと思われる。
7巻のウルフ戦は脚本に無理があるためか不調。
ちなみに描写が最も優れている試合は4巻のジョー・青山戦である。
プロ試合をあのように描けないのは脚本にそれだけの内容が無いからだ。
8巻力石戦の途中から不調。
[ぐったりした状況を描く]と、[描写の不調により読者がぐったり]はぜんぜん違う。
力石がテンプルを打たれるシーンは、アップの連続でタイミングや動きがわからない。
また、ここでも倒れるまで面積を食いすぎている。膠着状態が急転するのだから、
テンプルを打たれるまでに面積を使い、突然ばったりが良い。ストーリー上の重さを
表現するなら倒れた直後に面積を使えばよい。
また、力石がロープで頭を打つ大きな絵は左右の扱いが逆である。
セリフ縦書きの漫画では読者の視線は右→左であり、この要素は大きい。
単にダウンかと思わせてロープで頭を打つという意外なことを見せるのだから
読者視動にカウンターで動くのが似つかわしい。また、低くまわり込んだアングルでなければ、
体がマットに触れていないことがわからない。また、紙に対して人体が大きすぎるので
ふやけた感じがする。これらは漫画家が疲れていたからだろう。
本項は標準的な失敗を拾っているのではない。1~5巻にはこの種の乱れは一点も無いの
だから。最後のダウン、倒れるジョーを三連写したページは、先に描いたのだろう。
9巻は絶品である。
ちばの全作品の中で最高の200ページと言えるだろう。
10巻以降またグダグダになってしまい、その後回復せずに終わっている。
連載は三度中断されており、一回目は第一部と第二部の間。
脚本の方針を大きく考える必要があったからだ。このあたりは大丈夫で、
タイガー戦から不調になる。二回目の中断はそのタイガーがボディーブローでダウンするところ。
二回目と三回目の原因はちばてつやの過労。
再開後も不調で、各キャラクター初登場シーンが絶妙にさりげないのに比べ
カーロスだけが失敗していることでもわかる。三回目はドサまわりの控え室でジョーが
八百長を拒むところ。70年の45号から翌年7号まで大きな休載となった。
ただしここまででも、駅での別れなど好調部分もある。
しかし、この再開でも回復しなかった。カーロスの逆転試合の末尾を
むやみにコマ分割したのだが、どう見ても失敗している。
また、ドサまわりボクサーたちは存在感が無い。別格の稲葉でさえうまく描けてはいない。
ヤクザのゴロマキ権藤も元ボクサー(少なくとも志望者)であり、
彼の存在感は秀逸だったのに。
また、ジョーが東京へ向かう道中も欠落しているので、事態が急変した実感がわかない。
(5巻でジョーが少年院から東京に戻るところでは、院生との別れとドヤ街住民との再会を
じっくり見せており、東京の最初の絵は半ページ大のセリフ無しのドヤ街であり、
同じ関東ではあるが移動時間の長さを感じさせている)
少なくとも上野駅着は描かないとおかしい。それがあれば白木ジム玄関のシーンはいらないので、
こっちをカットするべきだ。
ジョーが、最初の詐欺未遂・ウルフとの控え室での相打ち・・・に続きプロデュース能力を
発揮するふたつのシーン(12巻の、白木邸と、カーロス・尾崎戦後の会場)さえ、
ちっともうまく描けていない。モッタイナイ。
なお、
これは不調ではないが白木邸の描き方が無気力である。
ちばはよほど金持ちが嫌いなのだろう。さもなければ、
その大きさや内部の豪華さをしっかり表現するはずだ。


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